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特集

「仏教」を知る

仏教の歴史

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仏教の開祖であるお釈迦さまの生涯とは?

釈迦とは釈迦牟尼世尊の略で、梵語での「シャーキャ・ムニ」を音写したもの。釈迦は部族名で、牟尼は聖者を意味する。 釈迦は現在のネパール南部の王家に生まれた。産まれ落ちた途端に7歩歩き、右手で天を左手で地を指し「天上天下唯我独尊」(てんじょうてんげゆいがどくそん)★1と言葉を発したという。

国王になるための教育を受け、のちに結婚をし、子供も生まれた。29歳の時に出家。出家の目的は人間の本源的な苦悩といえる「生老病死」の解決であった。 しかし出家後、苦行を続けるも目的は達成されず、やがて苦しみとも快楽とも違う、中道を取ることこそが必要であると悟る。

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そして菩提樹の下で49日間の瞑想にふけり、成道した。 その後、わかりやすい例えを用いて教説を行った。因果の理法を明確に知ることで、物質や自我に対する執着によって生じる苦悩から自由になることができると説いた。 釈迦は四十五年に渡って伝道を行い、沙羅双樹の下で80年の生涯を終えた。この釈迦の死(入滅)を涅槃という。

一切の教説は釈迦の生前には筆記されることはなかったが、亡くなった後、「結集(けつじゅう)」★2が数度に渡り行われ、仏教経典となり、今に伝わる。

★1 天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)
「この天と地の間に、この上なく尊いものとして自分が生まれた」という意。

★2 結集
僧侶が集まって釈迦の教えを誦出(じゅしゅつ)し、合議の上で聖典を編集した聖典編纂会議のこと。

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開祖と宗派

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最澄(さいちょう)

天台宗の開祖。滋賀出身。諡号(しごう)は伝教大師。12歳の時出家し、15歳の時、沙弥最澄を名乗る。785年に東大寺で受戒(正式の僧侶になること)。当時の仏教のあり方に疑問を抱き、故郷の比叡山に入る。自ら薬師如来像を彫り、草庵を構えて12年間修行。さらに遣唐使と共に804年に入唐し、4つの伝法を受け翌年帰国。延暦25年(806)1月26日に天台宗を開く。

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空海 (くうかい)

真言宗の開祖。香川出身。諡号は弘法大師。

791年に仏道を志し、四国の難所で苦行を重ねる。804年には最澄と共に唐へ留学し密教を学ぶ。816年に和歌山県の高野山に金剛峯寺を開基。823年には嵯峨天皇の命により京都に東寺を賜り、教王護国寺として真言宗の根本道場を開く。

親鸞(しんらん)

浄土真宗の宗祖。諡号は見真大師。

比叡山で修行後、法然の弟子となり専修念仏に帰依。1207年に興福寺衆徒の弾圧により流罪。僧籍を剥奪され、配流先で結婚。後に罪を許され、1214年には関東で布教活動を展開。以後20年間、現在の茨城を拠点に活動。京都にて没する。

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道元 (どうげん)

曹洞宗の宗祖。京都出身。諡号=承陽大師。

1213年に出家し比叡山で修行。そののち建仁寺で禅を学ぶ。1223年には中国に渡航して禅を学んで帰国。建仁寺を拠点に禅の教えを広めるも比叡山衆徒の弾圧される。1243年に福井に移り、大佛寺を開く。のちに大佛寺を永平寺と改める。

法然(ほうねん)

浄土宗の宗祖。岡山出身。諡号は円光大師。

15歳の時に比叡山延暦寺で受戒。1175年に専修念仏の道に進むために比叡山を下りる。1207年の専修念仏禁止に伴って土佐に流罪となる。1211年には京都への帰還が赦免されるも、翌年に没する。

栄西 (えいさい)

日本臨済宗の宗祖。岡山出身。

神官の子として生まれ、11歳で出家し、14歳の時に比叡山に入り修行する。1159年には天台教学を学び、2度にわたり入宋。1202年には建仁寺(天台、真言、禅の三宗兼学)を建立。お茶を日本国内に広めたことでも有名。

日蓮 (にちれん)

日蓮宗の宗祖。千葉出身。諡号は立正大師。

12歳で出家し、比叡山で11年間の修行ののち故郷に戻り、清澄寺を建立し、1253年に開宗する。1260年、「立正安国論」を北条時頼に提出し念仏禁止を求めが、逆に流罪になって伊豆に流される。1268年には幕府や諸宗を批判したとして佐渡に流罪となる。1274年に赦免となり身延山に身を移し晩年を送る。

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鑑真(がんじん)

日本律宗の宗祖。中国・揚州江陽県生まれ。

日本人僧の懇請により渡海を決心するも7年間で5度の渡航に失敗し、さらには失明してしまう。754年にやっと来日を果たす。日本における授戒制を確立し、東大寺に戒壇院を建設。聖武天皇ら400人を授戒した。のちに奈良 唐招提寺を建立し、律宗の発展の基礎を築きながら彫刻や薬草の知識を伝え、貧民救済にも積極的に取り組んだ。

一遍(いっぺん)

時宗の宗祖。愛媛出身。諡号は円照大師。

有力豪族であった河野通広の子として生まれるも、承久の乱で没落。父の勧めで10歳で出家し、天台宗を学ぶ。13歳の時には九州 大宰府に渡り浄土宗を10年学ぶ。一遍は51歳で観音堂(真光寺)で没するまで遊行(ゆぎょう)を続け、賦算(ふさん)と踊念仏(おどりねんぶつ)で浄土へと導いた。

良弁(ろうべん)

華厳宗の宗祖。

2歳の時に鷲にさらわれ、奈良の春日神社の杉の木の下に捨てられた。義淵僧正に育てられ、彼に法相唯識を学んだ。751年には少僧都に任じられ、東大寺建立に尽力。753年、東大寺の住職となる。

良忍 (りょうにん)

融通念仏宗の宗祖。愛知出身。諡号は聖応大師。

幼少時に比叡山で出家、修行をするも下山。22歳で隠遁、京都の大原で苦行を続ける。1117年には自他融通の念仏を唱え、僧俗に勧める。

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道昭 (どうしょう)

日本法相宗の宗祖。大阪出身。

653年に入唐し、玄奘三蔵に師事して法相教学を学ぶ。帰国後、元興寺(法興寺)に禅院を建て唯識学を講じた。後に、諸国で土木事業につとめる。晩年は全国を遊行し、亡くなった後は遺言に従って、わが国で初めて火葬に付された。

隠元 (いんげん)

日本黄檗宗の宗祖。中国の僧侶。諡号は真空大師。

20人余りの弟子と共に1654年に来日。京都の宇治に、住持していた中国の寺と同じ山号・寺号の寺院を1661年に創建。日本にインゲン豆を伝えた人物としても有名。

※諡号(しごう)生前の行いを尊び死後に贈られる称号。
※遊行(ゆぎょう)僧が修行のために諸国を歩き回って伝道すること。


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仏教用語

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阿闍梨(あじゃり)

密教における伝法(術、経文など維持発展に必要な総ての要素)を灌頂(かんじょう=修める)した高位の僧の称号。

因縁(いんねん)

ある結果を生む直接の原因が因で、その因から結果に至らしめる間接の原因が縁。仏教ではあらゆるものは縁で生ずると説く。ものごとの直接・間接の原因。

回向(えこう)

自分の善行、功徳でもって、他人によい結果の生ずることを願うこと。仏事を営み、死者の冥福を祈ること。

有頂天(うちょうてん)

天上界の九つの天のうち、最も高い天の名であり、形ある世界で再興に位置する場所の名称。得意の絶頂。

縁起(えんぎ)

因縁生起のこと。物事の起源、成立するさま。特に寺社や宝物の由来を書いた文書。

加持(かじ)

仏の加被によって、仏道修行が進むように祈ること。

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智慧(ちえ)

人生や社会の真実の姿を見きわめ、邪正を分別し、真理を直観する能力。

中道(ちゅうどう)

極端な享楽や、極端な苦行にかたよらない穏当な仏教実践の立場のこと。

涅槃(ねはん)

火が吹き消された状態を意味する。つまり、煩悩が滅した悟りの境地のこと。

波羅蜜(はらみつ)

迷える世界から、悟りの世界へ渡ること。到彼岸。

仏性(ぶっしょう)

全ての人間の心に備わる仏になれる性質。

無常(むじょう)

万物は変転して定まりないこと。

輪廻(りんね)

流転(るてん)ともいい、迷いの世界にあって、限りなく生死を繰り返すこと。

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仏像説明

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如来像

ひと口に「仏様」というが、本当の仏様は悟りを開いた如来のみ。肉髻(にっけい)とよばれる頭の盛りあがり、螺髪(らほつ)とよばれる縮れた頭髪などが特徴。如来像には、釈迦如来、薬師如来、阿弥陀如来、大日如来、盧舎那(るしゃな)仏などがあり、如来像はゆったりとした相好で、簡素な法衣をまとっており、装飾品の類は身につけていない。

菩薩像

「菩薩」とは如来の教えを実践し、衆生を救うべく悟りを求めて修行している者のこと。華麗でやさしい姿で、美しく結い上げられた髪の上に、宝冠をつけている。菩薩像には、観音菩薩、地蔵菩薩、弥勒菩薩などがある。

明王像

「明王」は如来の教えを邪魔する魔物を撃退するとされ、如来の化身といわれる。不動明王、愛染明王、孔雀明王などの種類があり、もっとも像としての数が多いのは不動明王。赤い火炎光背を背負い、剣を立て、憤怒の表情で仏法の妨げとなる魔物を睥睨している。

天部像

「天部」とは仏法を守護する神々のこと。武器を持ち、甲冑で身を固めた武人姿の天部から、音楽、財福の神である弁財天といった女神までさまざま。

諸尊像

金剛力士(仁王)、羅漢(らかん)、十王などその他の仏像を指す。「羅漢」は釈迦の弟子たちのことですが、聖徳太子などの高徳者や高僧を含んだものをいう。「金剛力士」は釈迦の活動・仏敵に対して防御の役目に当たるもので、のちに寺域及び伽藍の護衛役に当たったとされ、上半身が裸形で力感に満ちているのが金剛力士像の特徴。「十王」は人の死後3年間にその人が生れ変わる世界を決定する裁判官(閻魔王を含む)のこと。

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正しい参拝の仕方

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寺院と神社とでは微妙に参拝方法が違う。基本的な参拝方法は二礼合掌一礼が寺院、二礼二拍手一礼が神社となる。

《基本的な参拝方法》 まずは手水舎で、手と口を清める。右手で柄杓を取って左手を洗い、左手に持ち替えて右手を洗う。

そして再度右手に持ち替えて左手のてのひらに水を注ぎ口を漱ぐ。漱いだらもう一度左手を洗って柄杓を元に戻す。決して直接口をつけてはいけない。そして工程全てを柄杓に1杯の水で済ませること。

そして二礼合掌一礼(二礼二拍手一礼)。まず、浅くお辞儀をする(鈴がある場合は鈴を鳴らす)。その後お賽銭を入れて合掌(二拍手)し、三つの祈り(三つの願い事)を心の中で唱える。

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寺院の場合はひとつは仏様へ感謝の祈り、二つ目は。祖先への感謝(成仏)の祈り、三つ目は三界萬霊(過去、現在、未来に縁あるすべての霊)の心安らかなことを祈り、最後に願い事する。神社の場合は願い事を三度唱えるが、悩みなどが特にない場合は今までの無事に感謝すること。そして最後に深く一礼をする。


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