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特集

上野桜木〜谷中散策

見所:
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天王寺

東京都台東区谷中7‐14‐8 03‐3821‐4474

谷中で最古の寺。日蓮聖人の弟子日源上人が開山した感応寺が元禄11年(1698年)に天台宗に改宗され、天保4年(1833年)に天王寺と改称されたという歴史を持つ。寺社の維持費用を生み出すために幕府が許可した富くじ(現在でいう宝くじ)興行をしていたことでも有名。湯島天神、目黒不動尊とで「江戸の三富」と呼ばれた。

ご住職の末廣照純 第21世
ご住職の末廣照純 第21世
本堂
本堂
釈迦牟尼仏
釈迦牟尼仏

山門をくぐると境内に釈迦牟尼仏(元禄大仏)、本堂には阿弥陀仏が鎮鎮座ましまし、また、毘沙門堂には毘沙門天(谷中七福神の一つ)もまつられている。戊辰戦争の刀傷の残る柱などを残して昭和57年に本堂を再建。

毎月30日の14時からは写経会が開催されており、事前の予約がなくとも道具を借りられ、1回 2000円で参加ができる。通行の方が参拝しやすいように山門をくぐらずとも中の様子が見えるよう工夫がなされている。開放された雰囲気に誘われて、是非とも山門をくぐり、落ち着ける空間を味わっていただきたい。

毘沙門堂
毘沙門堂
刀傷の残る柱
刀傷の残る柱
沙羅双樹の木
沙羅双樹の木

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護国院

東京都台東区上野公園10-18 03-3821-3906

楽堂
楽堂

かつては寛永寺の釈迦堂だった、本堂の中央内陣には釈迦三尊、両脇に獅子と象それぞれに乗った文殊菩薩と普賢菩薩がまつられている。そして左壇には千手観音、右壇には若々しい大黒天がまつられている。

そして現在・過去・未来をあらわす金色の千躰仏(1,350体)がびっしりと安置されている。享保時代のおもかげの残る歴史あるお堂は、総欅の床のきしむ音が響き渡る心落ち着く空間。

平岩弓枝著「御宿かわせみ」の舞台。

正月三日、江戸は上野の護国院の大黒参りで賑わっていた。護国院では、この日、大黒天に供えた餅を湯にひたして、その湯を参詣人に飲ませるので、大黒の湯とも御仏供の湯ともいわれるその一杯を頂けば、この一年を無病息災で過せると信じている善男善女が、ひっきりなしに上野の山へ上ってくる。「迎春忍川」(狐の嫁入り)より
大黒天
大黒天
本堂
本堂
釈迦三尊
釈迦三尊

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浄名院

台東区上野桜木2-6-4 03-3828-2791

三十八世妙運大和尚が仏恩に報い、また民衆を救うために八万四千体もの石地蔵尊の建立を発願されたという寺。明治9年の当初より建立が続けられており、その数は現時点で四万八千九十五体となっている。また、年に一度の「へちま加持会」は毎年十五夜の日に行われ、御札の中に入っている梵字の書かれた紙を手でちぎって21日間連続で飲み続ければ、咳・たん・喘息を完治させる効果があるとされれ、大勢の人で賑わう。

へちま加持会
へちま加持会
へちま加持会
へちま加持会
八万四千体仏
八万四千体仏

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了ごん寺(にんべんに完と書く)

東京都台東区谷中7-17-2

美濃大垣藩主・松平甲斐守忠良の側室で、のちに信濃国で五千石を拝領した松平忠利の生母にあたる日安尼(にちあんに)よって1624年に感応寺(日蓮宗)の地中内に草創された寺院。その後、幕府の命により1699年に天台宗に改宗。阿弥陀如来をご本尊とし、不動明王も安置されている。谷中霊園に隣接し、静寂な佇まいで、四季折々の美しい花々を愛でることができる。

外観
外観
外観
外観
釈迦牟尼仏
本堂

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法蔵院

東京都台東区谷中1−6−26

開創は慶長16年(1611年)と古く、元々は神田寺町にあったが、人口増加に伴って現在地に移転。同時期に、明暦の大火で焼け出された寺なども谷中に移ったため、現在のような寺町が形成された。戊辰戦争の折に書籍が消失したため歴史の詳細は不明。その後、明治中期に復興したという本堂は関東大震災や戦災を免れ健在である。檀家寺ではあるが、一般の方が周辺を散策の際に、庭の草木を愛でたり、本堂に手を合わせるのは可能。

本堂
本堂
庭の花
本堂
手入れされた庭
手入れされた庭

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根津神社

東京都文京区根津1-28-9 03-3822-0753

千九百年余の昔、日本武尊が創祀したと伝えられる古社。太田道灌が奉建した社殿は国宝に指定されている。乙女稲荷の鳥居の美しさや、文豪が構想を練ったという“文豪の石”なども見逃せない。毎年4月には約2000坪のつつじ苑の花が咲き、つつじ祭が行われる。芸大生がスケッチする姿やベンチでひと休みする人も見受けられ、ゆったりとした時間の流れを感じることができる。

社殿
社殿
乙女稲荷
乙女稲荷
神社楼門
神社楼門

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夏目漱石旧居跡の碑

東京都文京区向丘2丁目、日本医科大学同窓会館(橘桜会館)の前

漱石の著書『猫』に登場する「落雲館中学」のモデルになった郁文館中学(現:郁文館中・高校)が裏手にある。明治36年に英国から戻り、千駄木町に居を構えた。のちに『吾輩は猫である』を発表し、更に『坊ちゃん』『草枕』を矢継ぎ早に発表。ここは漱石文學發祥の地といえる。外壁の上を歩く猫の像の姿も。

夏目漱石旧居跡の碑
夏目漱石旧居跡の碑
猫の像
猫の像
横切る猫
横切る猫

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下町風俗資料館

下町風俗資料館
下町風俗資料館

東京都台東区上野桜木2-10-6 入館無料 月曜日休館 03-3823−4408

江戸時代から代々酒屋を営んでいた「吉田屋」の建物を移築したもの。屋内には、秤・漏斗(じょうご)・枡・樽・徳利・宣伝用ポスターや看板など酒類の販売に用いる道具や商いに関する資料を展示している。


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