広野は12歳のとき、近江の国分寺(現在大津市石山)に入り、14歳で得度受戒しました。 その時、幼名の広野から『最澄』に名前を改め、 その後、奈良の都に行き、東大寺の戒壇院で「具足戒」を受け、 国に認められた正式な僧侶となりました。
延暦7年(788)、故郷の比叡山に登り、全ての人々に仏さまの教えを広げ、その上、皆が救われるためにはどのようにすれば良いのかを考えました。

その願いを込めて『あきらけくのちの仏のみ世までも光つたへよ法のともしび』と詠み、灯火(ともしび)を、自ら刻んだご本尊、お薬師さまの前に灯しました。
この灯火(ともしび)は、1200年余りを経た今日でも、『不滅の法灯』として、 根本中堂の内陣中央の三つの灯籠の中で大切に受け継がれています。
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| 伝教大師童形像 | 伝教大師童形像 | 比叡山 | 不滅の法灯 |
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