比叡山で修行を続けていた最澄は、 さらに、国の平安と、民衆を救うには中国に渡って、 正しい仏教を学び伝える事が必要と考えました。 そして、桓武天皇に願い出て、延暦23年(804)、中国に渡りました。
当時、中国に渡るという事は命がけの航海で、 遣唐使船4隻で日本を出帆しましたが中国に着いたのは2隻だけでした。
中国では、上海の南西に位置する天台山に行き、 道邃和尚(どうずいかしょう)、行満座主(ぎょうまんざす)から、天台大師智覬(てんだいだいしちぎ)の教えを受け継ぎ、 併せて禅や密教を、更には戒律などを学び、多くの経典や法具を携えて帰国しました。
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| 遣唐使船 | 天台山 | 国清寺 豊干橋 | 国清寺 大雄豊殿 |
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| 国清寺 随塔 | 天台山 智者肉身塔 | 臨海 龍興寺 | 峰山道場 |
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