比叡山は、大きく三つの峰に分けられ、東塔、西塔、横川の三塔と、 更に、十六谷に細分して、三塔十六谷と呼ばれてきました。 これ等、周囲約100キロに及ぶ比叡山全体に散在する諸堂塔を併せて延暦寺と言い、 延暦寺と言う建物はありません。
その中心となるのが東塔地区であり、本堂となる根本中堂のある所です。
平成6年(1994)12月には、ユネスコ世界遺産委員会は、開創以来、1200年余り、守り、受け継がれて来た比叡山の伝統並びに、 比叡山延暦寺地域の仏教建造物群を、世界遺産に登録する事を決めました。
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| 比叡山 | 東塔の分布図 | 西塔の分布図 | 横川の分布図 |
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比叡山は、伝教大師最澄によって開かれる以前から、大山咋神(おおやまくいのかみ)が鎮座する神山として崇められていました。伝教大師最澄の父 三津首百枝公(みつのおびとももえこう)が、子を授かるようにと、比叡山の山中に草庵(小さな家)を造り祈られたように、伝教大師最澄が入山される以前から、比叡山は修行の山として注目されていました。
伝教大師最澄は、延暦4年(785)7月中旬に、初めて比叡山に登り小さなお堂を建てました。
その後、延暦7年(788)には自ら刻まれた薬師如来をご本尊とする一乗止観院(後の根本中堂)を建立し、比叡山寺と名付けました。
天台宗ではこの時を比叡山延暦寺の開創の時と定めています。
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| 伝教大師最澄 | 伝教大師最澄 | 根本中堂 | 根本中堂 |
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